私たちの身体の組織のもととなっているのは幹細胞です。幹細胞は皮膚を構成する表皮や真皮の中にも存在しています。表皮にはうるおい成分を生み出す細胞(角化細胞)があり、真皮には肌のハリをつかさどるコラーゲンなどを生み出す細胞(線維芽細胞)があります。幹細胞は、表皮と真皮において、これらの新しい細胞を生み出して、肌の生まれ変わりを担っています。この表皮と真皮の幹細胞の研究を進め、肌の老化の原因を探索しています。
研究①皮膚の幹細胞に特有のタンパク質を特定
皮膚の幹細胞研究を進めるためには、まず、幹細胞がどこに存在しているのかを把握しなければなりません。幹細胞に特有のマーカー(タンパク質)に着目して研究を進めた結果、皮膚の幹細胞は「p75NTR(CD271)」というタンパク質の発現が高いことがわかりました。さらに、この「p75NTR(CD271)」を指標に研究をした結果、表皮と真皮に幹細胞が存在することを確認しました。
- 第30回日本香粧品学会学術大会(2005)
研究②皮膚の幹細胞は歳を重ねるとともに減少する
幹細胞に特有のタンパク質「p75NTR(CD271)」を指標に、皮膚の幹細胞の数を調べた結果、皮膚の幹細胞は歳を重ねるとともに減少することを確認しました。この幹細胞の減少により、肌の生まれ変わる能力が低下し、肌は老化して、乾燥したり、シワ、タルミが現れてくると考えられます。
- Aesthetic Dermatology Vol.23 No.1(2013)
- 26th IFSCC Congress Buenos Aires(2010)
研究③幹細胞の居場所「ステムバイタルエリア(SVA)」の発見
幹細胞が減少する原因について研究を進める中で、皮膚の幹細胞が存在している特別な領域があることを発見しました。幹細胞の居場所であることから、「ステムバイタルエリア(Stem Vital Area)」(以下SVA)と名づけました。
皮膚の組織について、網羅的に遺伝子解析を行い、表皮幹細胞が存在している領域では「ラミニン332」が、真皮幹細胞が存在している領域では「タイプ5コラーゲン」が特異的に発現していることを見出しました。
そして、皮膚の幹細胞が存在している特別な領域について詳細に解析するために、バイオイメージング技術を用いて、幹細胞とラミニン332とタイプ5コラーゲンを染色しました。その結果、ラミニン332と表皮幹細胞は表皮と真皮の境界部分の凹凸の頂点付近に多く存在し、タイプ5コラーゲンと真皮幹細胞は真皮上部にあることが確認できました。ラミニン332には接着作用があり、表皮幹細胞を接着して凹凸の頂点付近に留まらせ、タイプ5コラーゲンは真皮幹細胞を包み込んで、真皮上部に留まらせる役割をしています。このようにして、表皮幹細胞と真皮幹細胞が存在している領域「ステムバイタルエリア(SVA)」を特定しました。
さらに、ラミニン332とタイプ5コラーゲンは、それぞれ、表皮幹細胞と真皮幹細胞が自ら生成していることも突き止めました。幹細胞は、自らの居場所であるSVAを、自ら生成して、その場所に留まっているのです。
研究④幹細胞減少の原因を解明!ステムバイタルエリア(SVA)の縮小により幹細胞が減少する
幹細胞減少の原因を突き止めるため、SVAを構成する表皮の「ラミニン332」と真皮の「タイプ5コラーゲン」に着目して研究をしました。その結果、ラミニン332とタイプ5コラーゲンは歳を重ねると減少し、SVAが縮小していることがわかりました。
表皮幹細胞と真皮幹細胞はSVAに居られないと幹細胞としての機能を維持できないことも確認しています。
これらのことから、歳を重ねることによって幹細胞が減少する原因は、SVAを構成しているラミニン332とタイプ5コラーゲンが減少して幹細胞がSVAに居られなくなり、幹細胞としての機能を維持できなくなることであるといえます。
- Journal of Dermatological Science Vol.89 No.2 (2018)
- Mechanisms of Ageing and Development Vol.171(2018)
- 第39回日本分子生物学会年会 (2016)
- 日本研究皮膚科学会第41回年次学術大会・総会 (2016)
研究⑤幹細胞による肌の再生を阻害する物質を発見
衰えた細胞(老化細胞)は、周囲の老化を促進する物質を分泌することが知られています。それだけでなく、表皮および真皮において、老化細胞から幹細胞の「増殖を阻害する物質(インヒビンβA)」と「分化を阻害する物質(グレムリン2)」が分泌されていることが明らかになりました。これらは幹細胞の働きを妨げるため、「再生阻害物質」であるといえます。
再生阻害物質は、歳を重ねるとともに表皮および真皮の両方で蓄積していくこともわかりました。幹細胞の増殖・分化を抑制し、肌の再生を滞らせてしまいます。
- Regenerative Therapy Volume 18(2021)
- Journal of Dermatological Science Volume 106, Issue 3(2022)